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宇宙人的な感覚で世の中を見渡す


by kklig

日中関係は本当に最悪なのか?

■李 鋼哲「日中関係は本当に最悪なのか?」

金沢市内のホテルで、去る12月7日(日)に標記のテーマでシンポジウムが開かれた。24年前に設立された環日本海国際学術交流協会が主催したものである。2年以上途絶えた日中首脳会談で日中関係が「最悪」という世論に日本国民が当惑するなか、実態の日中関係はそこまで悪くないというメッセージを市民に発信する試みであった。10月に私がこの協会の理事として提案し開催にこぎ着けた。経済貿易、環境協力、人的交流の3つの分野から日中両国間の実情について報告し、活発な議論が交わされた。

幸い、11月10日に安倍晋三首相が北京で開催されたAPEC首脳会議へ参加したことをきっかけに、中国の習近平主席との2年半ぶりの首脳会談が実現し、凍り付いた首脳外交が再開された。そのお陰でこのシンポジウムが意図した趣旨と内容が市民に受け入れやすい雰囲気になったように見受けられた。

それに先立ち、11月7日に筆者はNHK国際放送局の電話インタビューを受けた。今度北京でのAPEC首脳会議の際に日中首脳会談が実現するか、そして首脳会談ではどのような事が議論されるか、という問題に3分間中国語で答えた。実は数日前からNHKの要望で発言を準備していたのだが、日中首脳会談が実現されるかどうかは予測できない状況であった。それでも日中両国がおかれている現状や国際情勢を分析し、大胆に発言することを決めた。インタビュー収録が放送される予定は午後6:00~6:15時だったが、幸いなことに、その数分前に日中首脳会談が決まったというニュースがラジオで流れた。ある意味ではラッキーだった。

その発言要旨を簡略に紹介する。

回答:今度、日中首脳会談が実現される可能性は大きいと思います。最近の動静を見ると、APEC首脳会合を成功裏に開催することにより、中国の存在感を世界にアピールすることを目標に、中国政府は積極的な準備を進めているように見受けられます。

中国にとっては、環太平洋連携協定(TPP)に参加できない現状を考えると、APEC機能強化やアジア太平洋自由貿易構想(FTAAP)を強く訴えることが、この地域における米国との駆け引きの重要なポイントだと、私は考えております。しかし、米国と競争するためにも日中関係が硬直したままでは、中国にとって不利になることは明らかです。福田元首相が最近訪中した際にも習近平国家主席と会談しましたが、そのときに習氏の発言では、アジア地域協力が重要であることを強調しているのです。アジア地域協力において、中国側にとって最も役立つ国は日本にほかなりません。

一方、日中間では歴史認識問題や領土問題がネックであり、打開される見込みは立っていませんが、両国の領土問題の議論も山場を超えて、冷静に議論する段階に入りつつあり、歴史認識問題でも安倍首相が今年8月15日に靖国神社参拝を見送ったことで、中国などに一歩譲歩したと中国政府は判断しているでしょう。

以上の状況から見ると、中国首脳が日本首脳と会談することで中国国内世論に強く反対される可能性は低くなりました。最近、中国国務院政策研究室の局長などが20日間ほど日本全国を視察し、帰国後の報告書「日中両国の発展格差を深刻に認識すべき」という長編論文を「人民論壇」で発表し、日本は先進的な文明国であり、中国はまだまだ日本に勉強することがたくさんあると強く訴えました。これも日中政治対話のための世論形成の一つだと見受けられます。

以上は、インタビューの概要だが、本題に戻って「日中関係は本当に最悪なのか?」について、シンポジウムでの報告内容を簡略に取り上げる。

その前に、日本国民は日中関係についてどのように感じているのかについて紹介しよう。内閣府が11月23日に発表した「外交に関する世論調査」で、中国に「親しみを感じない」と回答した人が80.7%(前年比0.1ポイント増)となり、昭和53(1978)年の調査開始以来、過去最高となったことが分かった。韓国への親近感も低く、日本と両国との最近の関係冷え込みを反映した結果となった。日中関係について「良好だと思わない」は91.0%だった。中国で反日デモが相次いだ昨年の調査(92.8%)に次ぐ過去2番目の高さだった。

このようなデーターが発表されると、その影響で日本国民の対中国感情はさらに悪化するのではないかと危惧する。世論が世論を呼び、実態とはかけ離れた対中国観が日本で蔓延しているのである。また、中国での世論調査結果を見ると日本と似たような情況にある。

一方で、今年の中国人の日本観光客は過去最高(1-10月で200万人を突破)を記録していると報道されている。日本にとって最大の貿易依存度の国は紛れもなく中国である。日本企業の対中国投資が今年減少したと言っても、2万3千社の日系企業は中国市場で儲けているし、撤退する企業はわずかである。また、日系企業で働く中国人従業員は1千万人を超えている。日中関係が「最悪」という情況と、実際の関係がここまで相互浸透している実態をどのように見るべきか。

私のシンポジウムでの発言趣旨を紹介する。

21世紀に入ったここ十数年間、日中韓関係は摩擦が漸増してきた。これは、戦後の枠組みを変える大きな転換期に入っていることを示す。戦後長く維持されてきた「特殊関係」としての日中関係、日韓関係は、21世紀における脱戦後的な「普通の関係」に転換しつつある。

日中関係の構造転換の全体的な原因は、小泉政権時の東アジア外交に示されている日本の政治システムの転換、中国の経済力や軍事力の急成長、日米同盟の強化、日中摩擦の激化、などである。日中関係をめぐる国際環境が変わり、また日本と中国の位置づけと立場が変わり(GDPで見た国力の逆転)、両国の摩擦度が「友好協力」の要素を超えたからである。かつての「友好協力」の背景には、世界第2の先進国になって心に余裕がある「強い日本」と、改革・開放政策で経済発展が至上命題で、そしてそのために謙虚に日本の先進的な技術と経験に学びたい「弱い中国」であった。

しかし、そのような立場が逆転したのである。「失われた20年」で「自信喪失の日本」、急速な高度成長で着実に大国に浮上した「驕る中国」という構図になった。一方では、このような立場の逆転に心の準備ができずに「アジアの盟主」という意識が抜けない日本、他方では、大国の地位は回復したものの、まだ発展途上国の地位から脱却できていない「驕り」と「弱者意識」または「被害者意識」が交錯する中国がある。これが日中両国の葛藤が生じやすい「不可避な歴史的な過渡期」としての現実だと筆者は考えている。

しかしながら、現代の国家間関係を判断する上で、古典的な外交関係の思考から「新思考」に頭を切り換えないと我々は思考停止に陥ってしまう。21世紀における経済グローバル化の深化に伴い、国境の壁が低くなり、国家間の関係および外交は、古典的な政府中心の「一元的外交」から、現代的な政府、財界、地方自治体、NGO(NPO)など民間も含めた「多元的外交」時代に転換しつつある現実をしっかり把握しなければならない。

従って、国家間の関係を判断する上で、視点またはパラダイムを転換しなくてはならない。つまり、政府間関係、あるいは首脳間関係だけに着目して国家間関係の全体を判断するのは、すでに時代錯誤にほかならない。

日中関係を見る上でも同様であり、首脳間関係、政府間関係、そして経済・文化・人的な交流関係(企業、自治体、NGO)など総合的な視点が不可欠である。そのような視点で見た日中交流関係の実体については次の機会に報告する。

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<李 鋼哲(り・こうてつ)Li Kotetsu>
1985年中央民族学院(中国)哲学科卒業。91年来日、立教大学経済学部博士課程修了。東北アジア地域経済を専門に政策研究に従事し、東京財団、名古屋大学などで研究、総合研究開発機構(NIRA)主任研究員を経て、現在、北陸大学教授。日中韓3カ国を舞台に国際的な研究交流活動の架け橋の役割を果たしている。SGRA研究員。著書に『東アジア共同体に向けて――新しいアジア人意識の確立』(2005日本講演)、その他論文やコラム多数。
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by kklig | 2014-12-07 14:19 | コラム